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横浜地方裁判所 昭和49年(ワ)659号 判決 1979年2月08日

原告 朝倉隆雄

原告 朝倉君子

右両名訴訟代理人弁護士 関根幸三

被告 医療法人双十会

右代表者理事 石崎芳郎

被告 石崎芳郎

右両名訴訟代理人弁護士 林忠康

同 山根伸右

同 森田昭夫

主文

被告らは、各自、原告朝倉隆雄に対し、金九八〇万円及び内金九三〇万円に対する昭和四八年六月二八日から支払ずみまでの年五分の割合による金員、並びに、原告朝倉君子に対し、金九〇〇万円及びこれに対する昭和四八年六月二八日から支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の講求を棄却する。

訴訟費用は、原告らそれぞれに生じた費用の五分の三を被告ら各自の負担とし、その余は各自の負担とする。

この判決は、原告ら勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一当審者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告朝倉隆雄に対し、金一五五七万九〇〇〇円及び内金一五〇七万九〇〇〇円に対する昭和四八年六月二八日から内金五〇万円に対する昭和四九年五月二五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員、並びに、原告朝倉君子に対し、金一四七七万九〇〇〇円及びこれに対する昭和四八年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

訴外朝倉恭(以下訴外恭という)は、昭和四一年八月七日出生した原告らの子であり、被告医療法人双十会(以下被告双十会という)は、その所在地において外科及び整形外科の診療をなす磯子病院を開設経営する社団であり、被告石崎芳郎(以下被告石崎という)は、被告双十会の代表者理事であり、かつ右病院において診療に従事する医師である。

2  訴外恭の受傷

訴外恭は、昭和四八年六月七日午後一時頃、神奈川県横浜市磯子区杉田町二二〇〇番地先路上において、訴外京浜急行電鉄株式会社所属バスに接触され、路上に転倒し、右下腿挫創及び頭部挫傷の傷害を負い、ただちに磯子病院に運ばれ、入院した。

3  本件事故

被告石崎は磯子病院において、訴外恭に対し、昭和四八年六月二七日午後四時三〇分頃から、右下腿部皮植手術(以下本件手術という)を施し、その際化膿防止のためクロロマイセチンサクシネートを点滴により投与したところ、同訴外人は右抗生剤ショックにより同日午後六時一〇分死亡した。

4  被告らの責任

(一) 原告らは、被告双十会との間で、訴外恭が昭和四八年六月七日磯子病院に入院するに際し、同被告が医師をして同訴外人の前記傷害を診療させることを内容とする診療契約を締結した。

(二) 本件手術は、訴外恭の右下腿部に存するほぼ楕円形患部に対する植皮手術であり、これを行うべき緊急性がなかったにもかかわらず、被告らは、原告らに対し本件手術の内容、手術後の経過及びその危険性等の説明をせず、かつ、原告らの承諾を得ないまま、本件手術を行った。なお、本件手術はその緊急性がまったくないのであるから、これを行うについては、訴外恭の親権者であった原告両名の承諾を共に得るべきであり、かりに、被告石崎が原告朝倉君子から本件手術の承諾を得ていたとしても、これにより右手術が適法となることはない。

(三) 訴外恭は、磯子病院入院四、五日目から本件事故の一週間位前まで原因不明の嘔吐を毎日繰返し、入院中の昭和四八年六月八日にされた右下腿切開手術により発熟し、この熱も本件事故の一週間位前まで続き、かつ、本件手術当日に風邪ぎみであり、同訴外人の手術を行うと不測の事態を生ずるおそれがあったから、被告らは、右嘔吐等の原因を究明し、これらが完治するまで本件手術を行うべきではなかったのに、これを怠り、同訴外人を死亡させたものである。

(四) 被告らは、小児である訴外恭に対し、不測の事態を防止するため本件手術前に食事を摂取させてはならないのに、右手術当日昼食を取らせ、更に、右手術に利用された腰椎麻酔法は往々にして血圧下降、嘔吐、ショック、呼吸麻痺等の障害が生ずることがあり、幼児には禁忌とされていたのであるから、これを行う準備として同訴外人の心電図を撮り、術前には同訴外人を病床に訪ね、極めて親密になる様努め、手術による精神的ショックを与えないよう注意し、右ショックの予防のため投薬を実施し、麻酔中には常に同訴外人の状態を観察し、特に血圧低下等による事故防止のため、麻酔薬投与直後からエフェドリンあるいはカルニゲンを静脈注射し、血圧を測定しておくべきであったのに、いずれもこれを怠り、同訴外人を死亡させたものである。

(五) クロロマイセチンサクシネートは、厚生省が昭和四八年一〇月に発した警告によると、この抗生剤より危険の少ない医薬品が無効又は禁忌であるような重篤な感染症のみに用いられるべきものとされているから、単に化膿防止のため安易にこれを使用することは医師として軽率のそしりを免ず、被告石崎は本件手術に際して右抗生剤を使用すべきではなかった。かりに右抗生剤の使用が許されるとしても、被告らは、右使用の前に、ショックの原因となる抗体の有無に関する検査をし、更に、ショック発生に備えて適切な器具、薬品を用意する等、慎重に事前準備を行うべきであったのに、いずれも怠り、訴外恭を死亡させたものである。

5  損害

(一) 逸失利益

訴外恭は死亡当時六才であり、その就労可能年限を六三才とし、このうち一八才までの就労不能年数一二年を差引いた就労可能年数四五年について、労働大臣労働統計調査部編賃金センサス賃金構造基本統計調査報告による男子労働者平均給与額(昭和四九年度男子労働者学歴計)である金一三万三四〇〇円の月現金給与額及び金四四万五九〇〇円の年賞与等の収入を得られると推定され、右収入から五割の生活費を差引き、ライプニッツ式係数を利用し中間利息を控除し、更に金一〇六万三五六〇円の養育費を控除すると、同訴外人の逸失利益は金九五五万九〇〇〇円を下らず、原告らはこの二分の一をそれぞれ相続した。

(二) 葬儀費用

原告朝倉隆雄は訴外恭の葬儀のため金三〇万円を下らない費用を支出した。

(三) 慰藉料

原告らは高令のため訴外恭の死亡後の子供が望めないこともあって、同訴外人を失ったことによる精神的苦痛は多大であり、その慰藉料として原告らそれぞれについて金一〇〇〇万円が相当である。

(四) 弁護士費用

原告朝倉隆雄は本件事件を原告ら代理人弁護士に依頼するにあたり、同弁護士に対し着手金及び成功報酬金として金五〇万円を支払うことを約した。

6  結論

よって、原告らは、被告双十会に対し本件診療契約の債務不履行責任及び民法四四条、七〇九条の不法行為責任に基づき、同石崎に対し、同法七〇九条の不法行為責任に基づき、被告らが、各自、原告朝倉隆雄に対し金一五五七万九〇〇〇円の損害金及び内金一五〇七万九〇〇〇円に対する本件事故後の昭和四八年六月二八日から内金五〇万円の弁護士費用に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年五月二五日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、並びに、同朝倉君子に対し金一四七七万九〇〇〇円の損害金及び右昭和四八年六月二八日から支払ずみまで右年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。なお訴外恭には頭部挫傷に伴い軽度の意識溷濁の症状があった。

3  同3の事実は認める。

4  同4(一)の事実は認める。

同4(二)の事実中、本件手術が訴外恭の右下腿部に存するほぼ楕円形患部に対する植皮手術であり、これを行うべき緊急性がなかったことは認め、その余は否認する。なお、被告らは、昭和四八年六月一八日頃から原告朝倉君子に対し本件手術に関することを詳細に説明していたと同時に、同朝倉隆雄に対しては右説明のため磯子病院受付掲示の面会時間に来院するよう申入れたが、これに同原告が応じなかったため、同朝倉君子に対し右説明を伝えてくれるよう依頼し、その後同朝倉隆雄から不承諾である旨の連絡がなく、かえって、右手術日の直前に同朝倉君子から催促があったので、右手術を行ったものである。

同4(三)の事実中、訴外恭が本件事故の一週間位前まで嘔吐、発熱を続けていたこと及び本件手術当日風邪ぎみであったことは認め、その余は否認する。なお、訴外恭の嘔吐、発熱は入院当初である昭和四八年六月七日から継続していたもので、その原因は同訴外人の頭部挫傷にあることが被告らに判明していた。また、被告らは訴外恭の風邪が軽快するまで本件手術を延期していたものである。

同4(四)の事実中、被告らが訴外恭に対し、本件手術当日昼食を取らせたこと、右手術に腰椎麻酔法をもちいたこと、右手術前心電図を撮らなかったこと、及び、右麻酔薬投与直後からエフェドリンあるいはカルニゲンの静脈注射をしなかったことは認め、血圧測定を怠ったこと及び、原告らの主張する被告らの行為と同訴外人の死亡との間に因果関係のあることは否認する。なお、被告石崎は訴外恭の昼食を中止するよう指示していたが、同双十会内部の連絡手違いから供食してしまったのであり、このため同訴外人の胃内容が空虚になる午後四時過ぎまで手術開始を遅らせた。又、腰椎麻酔法を使用する場合は、その準備として患者の心電図を撮る必要はない。

同4(五)の事実中、被告らがショックの原因となる抗体の有無に関する検査をしなかったことは認め、ショック発生に備えて適切な器具、薬品の用意をしなかったことは否認する。なお、クロロマイセチンアセチネートは抗生物質中安定なものであり、これによりショックを起こした例はほとんどなく、かつ原告ら主張の検査方法もないものである。訴外恭の死亡は同訴外人の特異体質によるものである。

5  同5(二)ないし(四)の事実は知らない。

6  原告主張の日が訴状送達の日の翌日であることは認める。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない。

二  原告らは、被告らが本件手術を行うにあたり、その説明及び承諾取付を怠ったと主張するので、まずその点について判断する。

《証拠省略》によると、被告石崎は、入院中の訴外恭に対し、昭和四八年六月一七日頃三センチメートル位の径を有するほぼ楕円形の前示右下腿挫創について、本件手術を行うこととし、同月一九日右手術を全身麻酔により実施する準備として肝機能検査をなしたが、同訴外人がこれより前からかかっていた咽頭炎のため右手術を延期していたが、同月二七日右咽頭炎が軽快したこと等から、全身麻酔にかえ腰椎麻酔により本件手術を行うこととし、同日午後四時二〇分右手術を開始したことが認められる。

《証拠省略》によると、原告朝倉隆雄は、訴外恭に対する前示肝機能検査終了後である昭和四八年六月二二日午前中同訴外人が診療を受けるため同訴外人に付添っていったところ、被告石崎から、同訴外人の前示右下腿挫創により皮膚が少しつっ張られることになるため植皮手術をしたほうがよいとすすめられたが、右傷害がさして大きなものとも思われず、右手術の必要性に疑問を感じたため、その場で同被告に対し、右手術のより詳細な説明を求めたところ、同被告から今は忙しいので後にして欲しい旨告げられ、同日中に右説明が得られなかったため、同月二三日及び二四日に連続して磯子病院を訪れたが、同被告に面会することができず、結局本件手術終了時まで被告らから右説明を得ることができなかったこと、並びに、原告朝倉君子は、夫である同朝倉隆雄から聞き及んでいたことのほか被告らから本件手術の説明をなんら受けていなかったが、右手術の当日である昭和四八年六月二七日午後三時三〇分頃、突然、看護婦が訴外恭の手術をするからと同訴外人の病室を訪れた際、夫が前示のように右手術の説明を被告石崎に求めていたことを知っていたのであるが、簡単な手術だという考えから、右看護婦に対し、何らの説明も求めず、安易に、じゃあお願いしますという旨の返事をしたことが認められ、右認定に反する証拠は、次に述べる採用できない証拠を除いてない。

《証拠省略》中には、被告石崎は、訴外恭の肝機能検査実施の前に、原告朝倉君子に対し本件手術の必要性を説明したところ、同原告が右手術を早くして欲しい旨希望していたこと、右手術日の二日前に同原告から催促を受けたこと、及び、右手術日の午前中に、同原告に対し手術を実施する旨告げ、その了解を得たことを述べた部分があるが、具体性に乏しく、かつ、訴外恭と同室の患者であり、その証言の内容の多くが比較的高い信頼性を有するものと思われる証人村塚正夫の証言に照らし、あるいは、この証言とよく符合するところの原告朝倉隆雄本人尋問の結果に反し、右部分は採用できない。又磯子病院の看護婦であった証人が深川富美子の証言中には、同証人が本件手術の二、三日前に原告朝倉君子から右手術をいつしてくれるのかといわれたことを述べた部分があるが、その内容があいまいであるほか、原告朝倉隆雄本人尋問の結果に照らし、あるいは、原告朝倉君子本人尋問の結果に反し、右部分は採用できない。

ところで、医師の診療行為の内容については、医師の裁量に委ねられたものと認めるべき範囲が相当程度存在するとしても、診療行為は患者の身体に対する侵襲を伴うものであるから、ことの性質上、右診療行為中には、患者の承諾を得ないかぎり許容されないものがあると解されるところ、本件についてこれをみると本件手術は、《証拠省略》によると、傷痕から引きつれが生じひざの伸びが悪くなることを予防する目的でなされたものであることが認められるが、これを実施しないことにより患者である訴外恭の生命に危険が生じるというものではなく、これを行うべき緊急性がなかったことは当事者間に争いがなく、かつ、患者が僅か六才の小児でその父親が右手術の要否に疑問を持ち、これに関する詳細な説明を医師に求めていたのであるから、特段の事情のないかぎり右父親ら両親の承諾を得たうえで本件手術はなされるべきであったというべきであり、そしてこれが特別の事情及び両親の承諾についてはこれを認めるに足りないから本件手術は違法であったというべきである。

尤も本件においては、訴外恭の母親である原告朝倉君子が本件手術の直前に看護婦に対し右手術の承諾をしたことは前示のとおりであるが、患者の同意は医療行為の性質とこれに伴う危険性を十分認識したうえでなされることが必要であるところ同原告の承諾は本件手術の性質等を十分認識したうえでなされたものとは到底解されないからこれを以って本件手術につき親権者の承諾があったものということはできない。

右のとおり本件手術は違法であるから、その余につき判断するまでもなく、右手術の際に発生した本件事故による損害を、被告双十会は民法四四条一項、同石崎は同法七〇九条によりそれぞれ賠償する責任があるというべきである。

三  訴外恭は前示のとおり死亡当時六才の男子であったところその就労可能期間は一八才から六三才までとすることを相当とし、その間の年間収益は、労働省賃金構造基本統計調査昭和四八年度第一巻第一表、産業計、企業規模計、男子労働者学歴計の年間給与額金一六二万九二〇〇円であり、これから生活費として五割相当額を控除し、更にライプニッツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除した金額(金八〇六万二三一三円)を参照し、ひかえめに訴外恭の逸失利益を評価すると、金八〇〇万円が相当である。

原告らは、前示のとおり訴外恭の父母であり、その相続人として原告ら以外の者がいるとは認められないから、右逸失利益を各二分の一の法定相続分により相続取得したものと認められる。又、原告朝倉隆雄が訴外恭の葬儀として金三〇万円を支出したことは弁論の全趣旨により認められる。

原告らが、本件事故により多大の精神的損害を被ったことは容易に推認されるところ、本件事故の態様等の諸事情に鑑みると、慰藉料として原告らそれぞれについて金五〇〇万円が相当と認められる。

右のとおり、原告らは被告ら各自に対し合計金一八三〇万円の損害賠償請求権を有するところ、原告朝倉隆雄がその主張の報酬契約の下に原告ら代理人弁護士に対し本訴請求を依頼したことは本件訴訟の経過及び弁論の全趣旨により認められ、そして本訴審理経過、事件の難易、本訴において認容された原告らの合計損害額に鑑みると、その主張の弁護士費用金五〇万円についてもこれを本件事故による損害として被告らに賠償させるのが相当というべきである。

四  よって、被告らは本件事故による損害賠償として、連帯して、原告朝倉隆雄に対し金九八〇万円及びこの内弁護士費用を除いた金九三〇万円に対する本件事故の翌日である昭和四八年六月二八日からこれが支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金、同朝倉君子に対し金九〇〇万円及びこれに対する右昭和四八年六月二八日から支払ずみまでの年五分の割合による遅延損害金の支払い義務があり、原告らの被告らに対する本訴請求は右の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項、仮執行の宣言については同法一九六条一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水次郎 裁判官 松井賢徳 高梨雅夫)

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